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千葉地方裁判所松戸支部 昭和42年(ワ)81号 判決

原告

金子忍

ほか一名

被告

高森建設株式会社

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、

被告は原告両名に対し各金四、二三〇、七三六円及びこれに対する昭和三九年一一月九日以降完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並に仮執行の宣言を求め、

その請求原因として、

一、昭和三九年一一月八日午後一〇時二〇分頃、訴外市原親男は自家用普通貨物自動車(千一す七六九三号)を運転して、取手町方面から柏市方面に向い時速約六〇粁で進行中、東葛飾郡我孫子町青山八九五番地先道路にさしかゝつた際、自動車の左側後輪の空気が抜けたのであるが、このような場合、運転者としては急ブレーキをかけることによつて自動車が動揺し或は横転するなど運転を誤るおそれがあるので、徐々に減速して事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り右高速度のまゝ急ブレーキを踏んだ過失により、ハンドルをとられて同自動車は右に横転しながらセンターラインをこえて道路右側へ斜に進行し、折から対向進行中の訴外飯塚勘の運転する事業用普通貨物自動車の前部に衝突してその場に横転し、その際、自車の助手席に同乗していた原告等の長男訴外金子雄司に対し、胸部強打鼻出血、頭部打撲の傷害を負わせ、よつて翌一一月九日午前一時一九分頃、外傷性自然気胸により死亡させたものである。

二、右市原親男の運転した自動車は被告会社の所有であり被告会社は同自動車を自己のため運行の用に供していたものである。

三、右市原は被告会社の被用者であつて、被告会社柏営業所に住込み稼働していたものであるところ、自動車運転免許はないが、従来も、被告会社は同人が同会社の自動車を運転して業務に従事することを黙認していたものである。事故当日は、市原は右自動車を運転して被告会社のために従業員の勧誘に出かけたものであり、その途中友人である被害者雄司方に立寄り、同人を助手席に同乗させたものであり、右事故は市原が被告会社の業務の執行中に発生したものである。

仮に、市原が被告会社の業務の執行中ではなく、無断で車を運転したものであつたとしても、被告会社は、自動車の保管についての注意義務を怠つたため無断運転がなされたものであり、且つ無断運転中も、被告会社は同車に対する一般的支配力を持ち続けるものであり、同車の運行によつて生じた損害を賠償する責任がある。

四、雄司の得べかりし利益の損失七、四六一、四七三円

被害者雄司は、事故当時訴外岡田建設株式会社に鉄筋工として就労稼働していたものであり、その基本給は一日一、七〇〇円であり、一月平均二五日稼働するものであるから収入月額は四二、五〇〇円となる。

死亡当時同人は二二才の健康な男子であり、平均余命は四六年であり、少くとも満六五才に達するまでの四三年間通常稼働し収入をあげ得たものである。

被害者は一月生活費として一五、〇〇〇円を要するもので、これを差引き年額三三万円の実収入となるところ、四三年間の収入一四、一九〇、〇〇〇円の得べかりし利益を失つたことゝなり、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して一時払額に換算すると七、四六一、四七三円となる。

(330,000円×22.61052493=7,461,473円)

五、雄司の慰藉料一、〇〇〇、〇〇〇円

被害者雄司は上記重傷により精神的肉体的苦痛を蒙り、遂に死亡するに至つたものであり、同人に対する慰藉料額は一、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

六、原告等の相続による損害賠償額各自三、二三〇、七三六円

原告忍は雄司の父、原告セキは雄司の母であるところ、雄司の前記損害賠償債権合計八、四六一、四七三円を各自二分の一、即ち四、二三〇、七三六円宛相続したところ、原告等は本件事故による保険金として二、〇〇〇、〇〇〇円を受領し原告両名の相続分に充当したので、各請求金額は三、二三〇、七三六円である。

七、原告等の慰藉料各一、〇〇〇、〇〇〇円

原告等は本件事故により雄司を失い、多大の精神的苦痛を蒙り、その慰藉料は各一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

八、よつて原告等は被告に対し、自動車損害賠償保障法又は民法第七一五条により各金四、二三〇、七三六円とこれに対する事故の翌日である昭和三九年一一月九日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める。

と述べ、

被告訴訟代理人は、

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

との判決を求め、

(一)  原告等主張の事実中、

一 のうち、原告等主張の日時頃、訴外市原親男が、主張の自動車を運転したこと、同乗していた訴外金子雄司が事故により死亡したことは認めるが、その余は不知。

二 市原の運転した自動車が被告所有であることは認めるがその余は争う。

三 市原が被告会社の被用者であつたことは認めるが、その余は否認する。

四 は不知。雄司が鉄筋工であつたとするならば、稼働期間は最大限五五才までとみるべきである。

五 は争う。慰藉料は一身専属の権利であり、本人は特に慰藉料請求の意思表示することなく死亡したものであるから、同請求は理由がない。

六 のうち原告等が保険金二、〇〇〇、〇〇〇円を受領したことは認めるが、その余は争う。

七 は争う。

八 は争う

(二)  本件事故は被害者自ら誘発したものであり、違法性を阻却し、被害者は損害の賠償を請求できない。

即ち訴外市原は、昭和三九年四月採用したものであるが入社後、日も浅く未成年者であるため雑務に従事させ、千葉市内の自宅から被告会社の柏営業所に通勤していたものであり、被害者金子は右市原の中学、高校時代の先輩にあたり、右営業所に近い勝村建設株式会社飯場に居住していたものである。事故当日は、午後七時半頃、右市原が仕事終了後右金子のもとへ遊びに行つたところ、金子は市原の勤務先に自動車のあることを知り「取手町の友人のところへ遊びに行きたいから乗せてくれ」と依頼し、市原は無免許であり、会社の車を持出すことは禁じられている旨を答え断つたところ、金子は「責任をもつから大丈夫だから乗せろ」と市原に強要し、同人は金子が先輩であるため断ることができず、やむを得ず被告会社の自動車をもち出し、金子の友人宅をさがし取手町まで走行し、友人の家が不明のため帰宅途中、本件事故を起したものである。

以上のとおり、金子は市原が無免許であり、かつ時間外の自動車の無断持出しの事実を熟知しているばかりでなく寧ろこれをすゝめ、本件事故を誘発させた責任者であり、市原は事故の危険性を認識していたことは勿論承諾していたものであり、従つて本件事故による市原の加害行為は違法性を阻却するものというべく、自ら事故を誘発した本人は損害賠償請求をなし得ない。

(三)  被告には自動車保有者責任はない。

即ち、上記のとおり、市原は被告会社の雑役に従事し、自動車の運転を業務としたものではなく、同人が被告会社に無断で被害者金子の用務のために時間外に自動車を持出し運行したものであり、金子自身市原が被告会社から車の使用を禁じられていることを知悉して、自己の用務に使用したものであり、斯様な場合、運行は専ら金子、市原のためのものであるから、被告会社は何等運行の利益も支配もなく、両名が保有者であり、被告会社は自動車損害賠償保障法第三条による「自己のために自動車を運行の用に供するもの」にはあたらない。又金子のための運行であるから、同人は同条の「他人」に該当せず、被告会社は自動車の保有者としての責任はない。

(四)  金子雄司に過失がある。

即ち本件事故は同人が誘発したものであり、同人に過失がある。

と述べた。〔証拠関係略〕

理由

一、昭和三九年一一月八日午後一〇時二〇分頃、訴外市原親男が主張の自動車を運転したこと、同車に同乗していた訴外金子雄司が同車の事故により死亡したこと、同車は被告会社の所有であることは当事者間に争いがない。

二、〔証拠略〕を綜合すれば、原告等主張の一項記載のとおりの状況過失により、右雄司が死亡するに至つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

三、ところで右事故は、被害者雄司が誘発したものであり違法性を阻却する旨を被告は抗弁するところ、〔証拠略〕によれば、市原は事故当夜被告会社の宿直であり、同会社の自動車を持出し、友人である雄司の寝泊りしている飯場に翌日の魚釣を誘いに出掛け、雄司の希望により、市原の事務所を見せに帰り、その後は雄司のたつての希望により、その申出を断れず、市原が本件自動車を運転し、その途上、本件事故に至つた旨の供述が記載されているが、〔証拠略〕によれば、事故当日午後九時か一〇時頃、同証人並に雄司が就寝してから、市原が「ドライブに行こう」と誘いに来たため、雄司は市原と共に出掛けて行つたこと、更に雄司は市原の事務所は従前より熟知しており、過去において同所を訪ねた事実もあることが認められ、右証言と対比して、前記供述の記載は信用しがたいし、又その内容それ自体も矛盾を含み信を措きがたい。又他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。従つて、本件自動車の運行は、雄司のすゝめ乃至は強要によつたものではなく、市原が自らの意思でドライブのため運行してきて、雄司を同乗させ走行したものであるから、雄司の誘発の結果、本件事故に至つたものとは認められず、同主張は採用できない。

四、被告は本件事故による自動車の保有者責任はない旨を主張するところ、〔証拠略〕を綜合すれば、市原は被告会社の柏営業所建設現場員として勤務していたこと、同営業所の従業員は五名であり、その業務のため本件自動車一台が配備されていたこと、市原は自動車運転免許はなく、同車は他の社員が専属で運転していたこと。事故当日、市原は右自動車を会社乃至は管理者の許可を得ることなく無断で持出し運転したものであることが認められるが、一方〔証拠略〕によれば、右市原は被告会社の自動車の使用を一応は禁止されていたが、同人は従前より本件自動車を練習のため屡々使用したり、雄司の自宅である千葉市内又は雄司の寝泊りする飯場迄運転使用していた事実が認められ、被告会社において同車の管理につき十分な具体的方策(この点につき証人坂本富雄、被告会社代表者訊問の結果は採用できない)がとられていない状況において、斯る従業員による運行は第三者との間では、一般的抽象的に被告会社の利益、支配関係の及ぶ運行と解せられ、被告会社は自動車損害賠償保障法第三条による「自己のために自動車を運行の用に供する者」に該るといわねばならない。

もつとも客観的外形からは被告会社が運行供用者と認められる時と雖も、上記のとおり、雄司は市原に誘われたとはいえ夜間ドライブのために同乗した者であつて、一般的に会社が斯る目的に使用することは許容していないものと推測され、特に許可を得た旨を承知しない限り、その具体的運行の目的は専ら両名の遊びであり、同車が被告会社の業務又はその業務に関連する利益のために運行されているものではないことを熟知認容していたものと解せられ、斯る第三者は、衡平の観念上、被告会社が自己のために自動車を運行の用に供したものと主張して、その責任を追求することはできないものと解するのが相当である。

従つて、被告会社には上記第三条による保有者責任を負わないものというべきである。

五、原告等は被告会社の民法第七一五条による責任を追求するところ、上記のごとき事情のもとにおける被告会社の被用者市原の自動車の運行も、社会的なその一般的外形から事業の執行についてなされたものと解せられる。

本来同条は現代社会における企業者に対し、被用者の行為の客観的外形からその事業の執行による加害行為と解せられる限り広く一律に責任を負担させる規定と解せられるが、個別的具体的事実において、上記のとおり、被害者である雄司がその運行目的が専ら被用者及びこれに随伴する雄司の私的ドライブであることを承知して同乗し又特に斯かる使用方法を一般的に許容されていたことを認識していた事実を認めるに足る証拠のない本件においては、会社の業務乃至はこれと何等かの関連をもつ会社の利益のために同自動車を運行していたものではないことを熟知、認容していたものと解せられ、斯様な第三者は、衡平の原則上、同条による事業の執行について加えられた損害として、その賠償を求めることはできないものとするのが相当である。

六、よつて原告等の本訴請求はいづれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大内淑子)

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